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【山行日】 2001年 9月19日(土)
2005年 1月 8日(土) 消えた尾根
2005.01.24 2005.02.05 編集加筆 |
【天 候】 晴れ |
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【山 域】 栃木 |
【所在地】 栃木県栃木市尻内町初音山 |
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【地 図】 国土地理院 1/2.5万図 下野大柿
地図(尻内町初音山) |
【同行者】 なな |
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【関連ページ】 なし |
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【初音山】 |
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会沢隧道への上り口に栃木市尻内町初音山集落があります。 初音山の由来は八幡太郎義家のウグイス伝説と伝えられています。 東征の途中ここを通った時どこからともなく鶯の鳴き声が聞こえしばしの癒しになった。 そこで義家はここを初音山にとの命によるとの伝えがある。 義家は葛生の会沢から尾根を越えて初音山へ下って来たと考えられます。 そして尾根を越えてやれやれと思った所で鶯の声を聞いた訳です。 初音山集落の北の尾根を下って来たとは考えられず、今の通って来た会沢隧道の上の峠をむしろ山と思えます。 周りを見渡せば山ばかりですので義家はこの辺一帯を山と言ったのでしょう。 しかるにどの山を初音山と言っていないように思います。 その頃は三角点はありませんからね。(笑い) もし初音山をあの山と義家が見たとすれば319m峰か236m峰のどちらかでしょう。 どうしても尾根の途中の三角点を地名の山名とは出来ません。 そもそも倉持氏が地理院以外の間違った地図を見られたか、地名を山名と見間違えたのではないでしょうか。 山部を含めて倉持氏の書いた「栃木273山」を見た方は一度は初音山の存在を疑いも無く目指したと思う。 しかしまず地理院の地図が原点なのだからそこからスタートすれば良かったと今は考えている。
地理院の1/2.5万地図にも山名は斜体の活字です、地名はゴシック体の活字でそれも道路、集落の所にあり三角点とは関係なく栃木市尻内町初音山集落には側にピークはなく山とは関係ないと思われます。 栃木県内には山のつく地名が沢山あります。 倉持氏はこの三角点を山頂と見て歩いているようですので山部も2回調査に歩きましたが、今でも山名ではないと考えています。 栃木県内には山のつく地名が沢山あります。
実際に歩いて見ました、アルス幼稚園の初音山山荘施設から歩きましたが尾根の途中で山を言い当てていないと思いました。 地元の人にも聞きましたが初音山は地名でどの山が初音山と聞かれても解からないとの事です。 三角点のある所はこの尾根の下方の薮のところです。 ここもどうしても初音山とは言えないのではないでしょうか。
尾根に上がるのは林道を沢に沿って上部に歩くと右に掘れた道があります。また幼稚園の初音山山荘施設右に踏み跡があり尾根で道が合わさります。
下記の地図は当時山部が歩いた時の地図です。 |
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昭和59年1月30日発行 1:25,000 下野大柿 |

当時の栃木市尻内町初音山地区の北尾根の地図 |
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捜索に引導渡し初音里 北の笹尾根ゴルフ場に消え |
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【消えた初音山】 2005.01.24 2005.02.05 |
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先日、出流山満願寺の剣ヶ峰へ行く途中293号の尻内から出流川に沿って走りながら初音山の北側の尾根を見るとゴルフ場の建設で山の形がほぼ平に変わっているのが見えました。 ゴルフ場の建設をしているのは知っていますがまさかあの尾根形が全く変わる程の開発しているとは知りませんでした。 家で以前の写真を見ると尾根は削られて見る影も無いようです。 319m峰のピークはありませんでした。 webの地図を見ましたら地図まで変わっていました。 三角点の元のピーク無くなり移動され標高も235.7mになっていました。 初音山は最初から伝説の山だったのでしょう。
今の地図の「ゴルフ場建設中」のフの字の下1cmの所に以前の251.9m三角点標石がありました。 上記の地図と現在の地図を比較してみてください。
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現在の地理院web図と当時の地図とを比較すると北側の地形の変化が解ります。 地図(尻内町初音山) |