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「福二〇号」二等水準點 陸地測量部 明治41年(1908) 設置 (2010.07.04.確認)
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【背嶺峠(花咲峠) 二等水準点標石 探索ストーリー】】
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沼田から会津へ向かうには通常は片品川に沿って上久屋、薗原、大原集落をへて会津街道を行く。 もう一つは天神や生品から川場集落を通って木賊(とくさ)から千貫峠や背嶺峠(せみねとうげ)を越えて花咲集落へ、さらに鎌田で会津街道と合流する。 戦国時代には沼田から戦に破れ会津へ落ちる時に使われた道峠でもある。(沼田城は、武田、上杉、北条の最前線で何度も戦があった) 今回、背嶺峠にある『福20
二等水準点』標石確認に同峠へ向かった。
背嶺峠へはすでに廃道となっている道を進むのが普通だろう、花咲から向こう側の木賊へは現在は同峠の北二キロ付近を背嶺トンネルが貫いている。 今回は背嶺トンネル付近から尾根に登り稜線を南下し同峠へ到達することとした。 偵察では花咲側からの昔道である同峠道は廃道で一般車では通行できないのであきらめた。 また木賊側からは車で入れる道はないし、距離・高度差もあり所要時間もかかる。 トンネルの木賊側の広場に車を駐車した。
見上げる尾根まではシダや山アジサイの密集する薄暗い人手の入っていない斜面でここは一気に尾根稜線まで上らねばならない。 腐葉土のジュータンの斜面は一汗流して一気に上がった。 地形図を見ると尾根稜線は広く、アップダウンもあまりなさそうである。 あとは足元の植生であるが主は胸腰のクマイザサが主体である。 人の入った形跡も鳥のさえずりもない、梅雨時の天候を心配しながら蒸し暑い笹原はわずかな獣の足跡があるが鹿ではないようである。
尾根の花咲側は植林になっている、尾根の分岐点に赤ペンキ「山」CP杭があった。 そこから峠まではゆつくりと尾根は下って行く、しばらく笹原を下ると尾根を切るように道形(ただの溝だが)が横切っている。 峠へ到達した、樹林で周囲の山々は見えないが深い所へ来たもんだ。 これから標石を探し当てられたら、ここまで来た甲斐があったと言うことだろう。 この道形はただの溝なのか峠道なのかを解明しようと木賊側を下ってみたが溝は消えた。 花咲側は植林地に変わり溝には笹や雑木が繁茂して進めない。 溝(道形)を塞ぐようにコメツガの大木がある、この付近が最高所のような気がする。 この付近を中心に徹底的に標石探しを始めた。
程なく一個目の埋もれた岩に鎌がカチンと当たったしかし違った、探査用の鉄棒を持ってくればよかったと思い始めた。 探索を始めて約一時間コメツガの山側の斜面は五メートル四方には無い、ふと避けていた倒木と激薮になんとなく目をやった。 少し薮の中わ顔を突っ込んで鎌を振るとカチンとの感触があり、手でぬぐうと平らな面を感じる、堀探ると倒れている標石である。 この広い笹原の中に千両箱を探しだしたような心持は、今日の一日を充実したものとした。
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刻字面にはキズがあるが、「福二〇」は読める GPSの緯経度 N36.45.03.2 E139.09.09.9
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【福二〇号二等水準點 点の記 (国土地理院情報)】
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【点の記 福二〇】
所在 群馬縣上野國利根郡川場村川場湯原字中谷2675 俗称背嶺
線路 従 仝上 國 郡
至 國 郡
所有主
地目 国有林
石質 上野國産花崗石
點の種類 二等水準点
撰定 明治四十一年四月三十日
埋石 明治四十一年五月 十日
観測 明治四十一年七月 日
班長 陸軍工兵小佐 松村法吉 (班長 〜 観測者の記述は、
検査掛 陸地測量手 古田盛作 仝上 (第一号ニ仝シ) と記載されている。)
撰定者 陸地測量部雇員 泰山英哲
埋石者 仝 仝
観測者 仝 仝
【三角点及水準点測量成果摘要 水準点 P175 に記載の福二〇によると、】
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【標石データ・現況】
標高 1,895.6m (地形図記載の数値)
寸法 150mm ×150mm 長さ(深さ)は不明(地表部 100〜200mm)
刻字 前面「二等水準點」 後面「福二〇」 側面 刻字記載なし *
いづれも縦書き
形状 角柱 上面に球分体がないが、尖がっている。 上面角の面取りあり
緯度経度 36°55′29.8″/ 139°25′42.5″(GARMIN社製 GPSmap 60CS の数値)
標石材質 上野国産花崗石 (品質は悪い)
標石は、刻字面以下は欠損している、「福・二」の文字付近が欠けているる。 ひびがある。
刻字「二等水準點」面が上に横になっていた。
防護石、岩などは付近にない。
後面には、「福二〇」の刻字がある、「号」の文字の刻字はない。 |
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@現・背嶺トンネル、木賊側から稜線を目指す A途中の尾根・稜線ピークにある「山・三六」
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B「山三六」を過ぎると、地形図にある、胸丈の笹が出る Cこれが背嶺峠の道形、桜の木がある
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【ご注意】
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峠への明確な道はありません、獣や薮など危険な樹林地域です。
ルートも読図力や薮歩きの経験を要求する地域です。
周到な計画や熟達者の同行がこの地域を歩く条件になると考えられます。 |
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【関連ページ】
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* 当時の二等水準路線の「徳号」水準点のページは、こちら>>
【報道・書籍関係】
* 2007.8.17 読売新聞 栃木版 、 2007.8.21 読売新聞 福島版 、 2007.9.14 下野新聞
2007.9.発行 「岳人」 10月号 、「山と渓谷」 10月号 、「山の本」 秋号 こちら>>
最終編集日 2010.7.05
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