西蓬莱山  NO.330
                          栃木県の山、二つ目の蓬莱山を歩く。旧田沼町作原の東蓬莱山と西蓬莱山である。日本三蓬莱とか、今までは何度もそばを通り過ぎていました。蓬莱山とは中国の仙人の住む山であり、ここの蓬莱山は日光開山の勝道上人が約1200年前に開いたとされています。修験の山で岩場のヤセ尾根があり修験者が回峰していたのでしょう。ロマンを漂わせる領域です。
【山行日】 2006年 01月 07日 (土) 【天 候】  晴れ、寒風、風花舞う
【山 域】  【所在地】 栃木県佐野市作原(旧田沼町)
【地 図】  1/2.5万図地理院(沢入)
       地図(蓬莱山・作原)  
【同伴者】 単独 + 「なな」
【関連ページ】

       栃木鍋山の蓬莱山はこちらです。
【コースの所要時間】
蓬山ログビレッジ 12:30-45=蓬莱山神社・駐車場13:00石祠13:15
(尾根を通す・途中石積、作業道)−主稜線・800m峰14:30−807.2m三角点峰・石祠(東蓬莱山)14:40-15:00(尾根を戻る)蓬莱山神社15:40薬師堂15:45西蓬莱山・石祠16:00-10蓬莱トンネル西口16:20蓬莱山神社・駐車地16:25                歩行時間  約3時間25分
      
  西蓬莱山 断崖上のヤセ尾根に祠がある。


【蓬莱山を探す】
前週の栃木鍋山の蓬莱山に刺激され今日は佐野市作原へ向かった。作原の蓬山ログビレッジへ寄って蓬莱山の事を聞いてみた。東蓬莱山と西蓬莱山はどこを指すのだろうかと?、 早速、蓬莱トンネルの側の蓬莱山神社へ向かう。 (*ログビレッジの蓬山とは蓬山城跡の近くにあるので名づけたようです。蓬莱山とは関係ないのだろうか、蓬山城の名の由来が蓬莱山から来ているのかもしれませすが、)

蓬莱山神社の由来が書かれた石碑によると、
東蓬莱山=四海波の頂の峰で山頂に大山祇命を祀る石祠がある。
西蓬莱山=野上川西岸の峰で山頂の石祠は市杵島姫を祀るとあり、蓬山ログビレッジの管理人の方もそう言われていました。付近のマップなどもいただきました。
管理人からは案内したくないようなの口ぶりで、807mではないのかと言うとしぶしぶうなづいてサワビ田があるからと話してくれた。


 西蓬莱山の祠

東蓬莱山の祠

トンネル側の岩場

800m峰で一服
【東蓬莱山】
蓬莱山神社の手前の旧道には立派な石柱が立っていた。日本三大蓬莱山、開山勝道上人霊場の文字が見えました。三滝に向かう道を案内板に従って神社への道にはいる。誰も居ないがらんとした駐車場で綺麗なトイレがある。見渡すと蓬莱トンネルの上は切り立った崖になっている。トンネルが無かったら旧道を神社前を通るだったのだろう。まず周辺の調査である、立派なお堂と神社や墓石もある。由来の書かれた石碑を見ると東西蓬莱山の山頂に祠があることが書かれている。新年のお供えが置かれた神社は静かである。裏に踏み跡をみて上がってみると石像と祠がある。ここが東蓬莱山かと思ったが尾根上に鎖場があることからその上にまだ祠がありそうなので先に進むこととする。野上川の対岸の崖の上に祠が見えあれが西蓬莱山だなと思った、それに対応する東蓬莱山の位置を特定できず悩む。石碑にあった「四海波の頂の峰」とはどこを言っているのだろう。

今回は愛犬「なな」と一緒である。「なな」はなれたもので鎖場は先によじ登った。山部も後に続いた。岩尾根に上がる直ぐ下はトンネル出口付近で水汲みの車が見える。大岩を乗り越えると恐竜の骨のような大木があり土の斜面となる。落ち葉の積もった急な斜面は滑りやすく落ち葉でルートが見極めづらい、隣の尾根も岩尾根が見える少し高度が上がると尾根を合わせる。檜の植林と雑木の林の境目が分かりやすく歩く。背後の木々の間から熊鷹山、丸岩岳、奈良部山がよく見えるようになる。途中で尾根が広くなる所があり祠を探すが石が集められた祠の基部のようなものがあったがケルンのようで違うように思い次を探す。こんななだらかな尾根が修験道なのだろうか心配になる。斜面は時折冷たい風花交じりの風に汗ばんだシャツがヒヤッとする。高度がさらに上がると主稜線が真近になってくる、尾根を横切る作業道があったが東西方向へは共に下っていくので見やった。しばらく進むと主稜線の尾根に出る尾根上はなだらかで穏やかに続いている。

祠を探すが切り株とマークのビニルテープと布きれだけである。祠探しをあきらめようとしてふと目をやると送電鉄塔が目に入る。もう少し近くまで足を伸ばすと標石と807mのピークにありました。少しだけ休んで戻りました。戻りは往路を忠実に戻りました。途中の恐竜の骨のような大木の手前の急傾斜では、懸垂下降をしました。安全かつスピーディーでした。西蓬莱山の岩尾根から登頂ルートを描く見てる。

鎖場

トンネルの上

恐竜の骨のような大木

平坦地の石積
【西蓬莱山と神社周辺】
西蓬莱山は野上川の崖の上で川を渡らねばならない、やはり蓬莱橋を渡って薬師堂の横から尾根上がるしかないであろう。ガレ場を横切って、大岩の下から植林の急傾斜を上って尾根に出る。下から尾根の上方にパイプが上っている何のためなのだろうか。尾根を岩に向かって移動する、手ごわい壁に「なな」は尾根上で待たせることにして取り付く。上れそうだが先ほど使ったロープを出す、ロープで作ったスリングを松の木に掛けて墜落防止とし、尾根の上に顔を出すと思ったより広いスペースで祠が鎮座している。何枚も写真を写して周りの山々と川筋を鳥瞰する。祠の前を通り過ぎて尾根の先端へ、祠の尾根から一旦鞍部へおりて岩に取り付く一坪弱の岩の先は真下の野上川に垂直に落ちている。戻りは鞍部にここからも神社側の尾根と崖下を見るが懸垂下降しなければ無理であろう。「なな」を待たせているので次回に下ってみよう。

「なな」のクーンという呼び声がする、早く来てという時の鳴き声である。岩の上から下を除くとこちらを凝視している、声掛けしてロープを用意して懸垂下降だ。簡単に安全に垂直の岩場を下降することが出来た。「なな」と合流して下りは同じところを戻るのも知恵が無いので別ルートをと見まわすと、北側は野上川までが割と近く見える。ここにしようと北側の植林地を下る。川の飛び石を越えで道路に上がる。目の前に水汲みの車が並んでいる。そこから旧道を下って神社に向かう、山側の崖に「御厩」と書かれた岩の薄い穴がある。野上川越しに見上げた西蓬莱山は切り立って見える。ふと流れに目をやると白いプレートが落ち葉に埋もれていたが、蓬莱山と書いてあるように思えた。なぜあそこにあるのか疑問に思えた。風花が落ちてきたとにかく雑駁であったが蓬莱山の概要を見られた。

栃木の山のそこ彼処に勝道上人の足跡がある、修験とはどんな修行をしたのだろうか。東蓬莱山の尾根からは修験の山、尾出山の盛り上がったピークと高原山への尾根が見える。
西蓬莱山へのルートは自分なりに歩いたが、これが正式なルートだったのだろうか。しかし祠近くの岩場からは垂直に近い所で一般には危険であろう。この西蓬莱山はどこを歩いたのだろうか。回峰行、修験とはいったいどんなものだろうか。

この蓬莱山でひとつだけ分からないのが、「四海波の頂の峰」でどこを指すのであろうか。まだ謎解きはまだあります、再訪をしたい蓬莱山だ。

神社上の岩から西を見る

西蓬莱山の祠

蓬莱山神社

薬師堂