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2012年-report-102

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第三回富士山標石調査 二等三角点『富士白山』・白山岳



夜明け前の白山岳

昔は富士山の標高を正確に測ることは出来なかった。 正確な測量をするための技術や機器もなかった時期にも勿論のこと高さを測かる事に挑んだ。 江戸時代に伊能忠敬やシーボルトまた英国公使オールコックも富士山の高さ測定に挑戦した。 明治時代にも東京大学理工学部教師W.S.チャップリンは先人の測定を詳細に検討をした。 当時の測定は天測観測や水の沸点によるもので気圧計を用いたものだった。 内務省地理局中村精男(3823m)など多数の数値を算出しました。

日本の正確な地図作成を進める明治の一等三角点網に富士山は選点に入りませんでした。 これは富士山が周囲の山々より極端に高く水平角測量に高低差の誤差が大きく、また、富士山頂への標石設置には多くの資材や機材など必要になり一等三角点をしなかったようです。

しかし、明治18年には木杭による基準点と測站を設置し測量をした。 その時の「点の記」が地理院に残っている。 明治20年には白山岳からお鉢に沿って平板測量により剣ヶ峰の標高 3778mを求めました。 現在の剣ヶ峰の最高点位置なのかは定かではありません。

・ 蛇足ですが、白山岳左肩にブルームーンが見えています。







二等三角点 『 富士白山 』 標石
 2012. 9. 1

明治23年に白山岳の木杭は四等三角点から標石の三等三角点に変更され埋石されてました。

大正15年関東大震災の復興測量にともない二等三角測量の時に北方に見通しの良い白山岳に「富士白山」と南方に見通しの良い剣ヶ峰に「富士山」の2点が選点されました。 火口が大きく1点では見えないためです。 「富士白山」の初期の点の記には、『明治二十三年八月埋石セシ標石ヲ用フ』と記されています。 また、昭和39年標石露出により低下改埋され標高が3756.6mと現在の標石位置となりました。 







二等三角点 『 富士白山 』 標石 2012. 9. 1

前回調査(2012.6.30)時には、刻字を「二等三角點」であると写真と目視により確認しました。 しかし、標石グループのT氏より刻字の正確な確認を要望され再度本日の調査となりました。 点の記によればこの標石は明治23年に設置された四等または三等三角点標石であるはずです。 標石サイズも三等三角点標石サイズより大きく一等三角点と同等の 175mm角である。 







二等三角点 『 富士白山 』 標石拓本採取 2012. 9. 1

記録保存のため拓本をとりました。 富士山山頂での拓本は幸運という要素が必要です。 拓本の大敵、風が富士山頂は常時吹き荒れ事が多いので風の無い時間は貴重です。 一般に平地では早朝や夕暮れは風がおさまります。(朝凪ぎ、夕凪などです。) 本日は強風ではなかったですが、何度か風で紙が剥がされ飛ばされてしまいました。

さて、拓本用の水も持参したが、風雨にさらされて汚れ落しのための水は必要ありませんでした。 標石表面は風化しざらざらであるが花崗岩であろう。 現在の小豆島産の花崗岩標石と違って設置当初は美しかったであろう黒雲母分の多い黒花崗岩である。

標石に紙を押し当て丁寧に霧吹きで紙面全体に水を吹きかける。 次にタオルを押し当て空気を抜くと紙は彫刻文字の凹凸通りにめり込みられます。 すると刻字二等の「二」が「四」に見えた。 何度も拓本を取ったが、「四」が浮き出てくる、墨を打つとそれは引き立つて「四等」なのである。 







二等三角点 『 富士白山 』 標石拓本 2012. 9. 1

これが二等三角点 『 富士白山 』の標石拓本である。 「點」の刻字は保護石面下で拓本は無理であった。 上面角に小さな欠けはあるが大きな傷はない。 また、刻字を改ざんしたようには見えない。







二等三角点 『 富士白山 』 標石採寸 2012. 9. 1


刻字「等」は草冠の等、刻字「角」は肉角(にくかく)であり、刻字「点」は「點」黒点(くろてん)であり、上面は刻字「+」でした。

また、標石寸法は175mm角の一等三角点規格の大きさである。 地上高は150mm高でコンクリート保護石上面からです。 保護石10個が円形にコンクリートに埋め込まれている。 その大きさは直径1500mmとなっている







白山岳山頂の様子   2012. 9. 1

奥のピークが二等三角点『富士白山』、右の柱は鳥居です。 手前左は観測用杭です。 やや北を向いて撮影している。 







白山岳山頂の様子   2012. 9. 1

白山岳山頂から鳥居右方向の剣ヶ峰(最高点)を見る。 鳥居左火口壁凹が御殿場・富士宮登山ルートの浅間大社奥宮の所。 南西を向いて撮影している。 







白山岳山頂からの眺め   2012. 9. 1

飛び出た岩は雷岩である。 そこへは釈迦の割り石という切れ落ちた柱状節理がありここから行く事は出来ない。 小内院を周回すれば行けるだろうが他の人の多い時は避けたほうがよいだろう。 富士山の峰々からは絶景である。 やや西を向いて撮影している。







釈迦の割り石 白山岳の稜線の

白山岳は明治以前は釈迦ヶ嶽と言われた、その釈迦ヶ嶽の割れた石である。 お釈迦様が割ったのではない。 釈迦ヶ岳の割れた石である。 富士山山頂には大きな火口が二つある、一つは中央にあるもので大内院である。 もう一つが白山岳西側の小内院という火口である。 スリバチ状の火口の縁に聳える火口壁の柱状摂理なのだ。 この写真は大内院の火口壁に当たる大沢崩れの源頭部の尾根から撮影した。




第三回富士山調査二等三角点 『 富士山』 剣が峰  標石調査 こちら>>
第一回富士山調査 2012.6.30-7.30 二等△ 『富士白山』 こちら>>
第二回富士山調査 2012.7.7-7.8 二等△ 『富士白山』 こちら>>

出典 : 「日本の測量史・富士山の測量」上西勝也氏 こちら>>


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